北海学園大学Ⅱ部法学研究会オンライン部室 

北海学園大学Ⅱ部法学研究会オンライン部室です。

裁判傍聴記 4月24日水曜日午前10時 札幌地方裁判所にて

709と書かれた扉をおそるおそる開けると重苦しい空気が私を包んだ。

まず目に入ったのは全身グレーのスウェットを着た被告人の男性であった。

坊主で切れ長の目をしており、身長は165センチほどの痩せ型。

彼は高校を中退し、以前までトラック運転手をしており、現在は無職。上手く聞き取れなかったため正確な年齢は不明だが、おそらく30代前半だろう。

彼の罪状は覚せい剤使用罪で、共通の知人から0.1gのパケと注射器を渡され、断ったが半ば強引に勧められた。

捨てることも考えた彼だが、当時の生活が上手くいかず、 むしゃくしゃしてやるせない気持ちもあり悪魔の誘いに手を出してしまった。

パケを2回に分けて使用し、1回目は左腕に注射器を刺したがあまり実感が得られず2回目を試した。検察と弁護士の質問に淡々と答える彼は落ち着いているように思えた。

 証人台に現れたのは、白のパンツに紺のテーラードジャケットを着、長い茶髪を1つに結った、背の高い30代くらいの気丈夫そうな女性であった。

現在、彼女は東京で自営業をしており、札幌と東京のいわゆる遠距離恋愛中で、彼の婚約者だ。

彼が拘置所にいる間、彼女は仕事の都合上で一度しか面会に行けなかったが、何度も差し入れを送ったり、手紙のやり取りをするなど献身的に支えていたという。

弁護士からの質問は彼との関係から始まり、いつから交際しているのか、覚せい剤を使用したことを知っていたかなどであった。

 

しかし、

 

「今後、彼との関係を続けるか」

という質問への、彼女のあるせりふに私は引きつけられた。

「待ちます。待たなければならないので。」

 

瞠目せざるを得なかった。

「待つ」ことにではなく、「待たなければならない」ということにだ。そこに義務的な、あるいは使命感のようなものを感じるかもしれないが、そうではなく彼女の彼を信じる強い意志がこれからの展望を願い、宣言をしたのだろう。

 

そして彼女は

 

「今後は彼を病院や施設、ダルクに行かせるようにします。」

 

と言葉を足した。

その後、彼女は尋問でひたすら彼の更生の希望を述べていた。

 

 そして彼への質問に替わり、先程の彼女の気持ちを受け止めてかどうかは定かではないが、心なしか強張った彼の表情がほんの少しだけくずれた気がした。

 

「もし、また覚せい剤の使用を誘われたらどうするのか?」

 

と検察が尋ね、彼が答えた。

 

「まず、誘われるような悪い人たちと関係をきっぱり断ち、そのためにも札幌を離れて彼女の住む東京で一緒に暮らそうと話し合っています。それでも、もしそういうことがあれば次は自分が通報します。」

 

見えるのは彼の横顔のみなのに、なぜだか口約束のような曖昧で不確実な印象は一切感じられなかった。

 

「絶対に覚せい剤に手を出さないと誓える根拠は何ですか?」

「施設やダルクに行く予定ですし、悪い環境も変えて普通の生活を送りたいからです。」

 

数秒、間を置き

 

「周りの人や、今日来てくれている兄貴、そして彼女を裏切ってしまったので、もう二度と裏切りたくないからです。」

 

彼はそう言い切った。私に人の気持ちや考えを確実に見抜く力は持っていないが、嘘をついているようには私の目には映らなかった。反省していたと信じたい。

 

判決は5月6日に言い渡されるそうで、検察が2年6ヶ月の懲役を、弁護士は一部執行猶予を要求し裁判は幕を閉じた。

 

今回の裁判で、私は薬物の身近さと人の泥くささについて考えさせられた。

私たちにとって身近な札幌の街でもこうして現実に薬物が回り、巡っているということを改めて認識した。誰にでも、どこにでも薬物の誘いは存在しているのである。

否が応でも薬物が身近になる危険性を考慮し、彼の言っていたように害悪な関係や立ち寄る場所などを今一度見直し、慎重に行動したいものだ。

最後に人の泥くささだが、彼女が本当に彼を愛していることが節々から伝わった。

彼の帰りをまだかまだかと待ち侘びる彼女と、その元へ帰れる日を待つ彼の姿が想像できた。

 

考えてみてほしい。

もし、結婚の約束まで交わした相手が覚せい剤あるいは薬物で捕まってしまったらあなたはどうするか。

裏切られ、職も無くしたそんな相手をあなたは愛せるだろうか。

決別する、変わらず愛し続ける、何らかのかたちで支援するなど…人や時間、場所、場合によって判断は変化するかもしれない。

別れたから非情だ、愛しているから良い人だなんてことは全くないし、決めつけもないがさまざまな事情や心情や罪を踏まえた上で、生きていくと決心していた二人が再び穏やかな普通の日常を過ごせるように密やかに願う。

 

(田村夏姫)

 

 

 

 

 

 

 

京都ダルク薬物依存症リハビリ施設 薬物依存-治療-相談-回復(最終閲覧日:2019年4月27日)

http://www.kyoto-darc.org/

 

※DARK:民間の薬物依存症回復支援団体施設。Drag(薬物)・Addiction(嗜癖、依存)・Rehabilitation(回復)・Center(施設)の頭文字を組み合わせて「ダルク」と読む。